「恋は想うだけでいいけれど、愛はそうはいかないの。」

彼女はプシュケー。サーカスの猫。

手のひらにのるぐらい小さな時に
アコーディオン弾きに拾われました。

可愛らしい彼女は
「子猫ちゃん」と呼ばれ、サーカスの皆に好かれたのだけど
皆のことはちっとも好きになりませんでした。

好きなのは、拾ってくれたアコーディオン弾きのことだけ。
彼と遊ぶこと、眠ること、それだけが彼女の望みでした。



季節が廻り、少し大人になった彼女の姿はとても美しく、
皆が舞台に立たせたいと考えました。
でも彼女がそんなことに興味を持つわけがなく、いつも逃げ回っておりました。
「人に見られるのなんてまっぴらよ。」

それでも彼女はアコーディオン弾きが少しでも長く自分を見てくれるように
いつも綺麗であろうとしていました。
彼に一番に愛されること、それだけが彼女の望みでしたから。

◆◆

季節はまた廻り
マドンナ「ラナンキュラス」に恋をしたアコーディオン弾き。
そしてそれを知ったのは皮肉なことに彼女だけ。

恋する彼は、夜毎彼女に語りかけていたのです。
ラナンキュラスがどんなに美しく、どんなに優雅で
そしてどんなにあたたかく聡明な女性かを。

彼女はじっと聞いていました。
彼の声を聞いていたかったから。
彼の笑顔を見ていたかったから。

じっと静かに見つめる彼女の目を見て
アコーディオン弾きは言いました。

「君にだけは本当の気持ちを話してしまうよ。
君の目には、僕の心の中、魂までも見えているような気がして、
隠すことも、嘘つくこともできないんだ。

今日から君のこと、プシュケーと呼ぼう。
ぼくのプシュケー、ずっとそばにいておくれ」


◆◆◆

そしてまた季節は廻り・・・
ある夜、ラナンキュラスは駆け落ちしてしまったのです。
彼女がいなくなったサーカスは、灯りが消えたようでした。

いつもお客さんの心を震わせていた彼の演奏も
今はただメロディーが通り過ぎていくだけ。


そしてひとつの季節が終わりをつげたある夜に、
突然プシュケーが舞台に立ったのです。

そして可愛らしいしぐさで曲芸をはじめたものですから、
サーカスの皆はびっくり仰天。お客さんは拍手喝采。

美しいプシュケーは音楽にあわせて
しなやかに踊ることさえやってみせました。


アコーディオン弾きは、久しぶりに心からの笑顔を見せました。

◆◆◆◆

猫の時間と人間の時間は異なるもので
今では彼女はアコーディオン弾きよりもずっと大人になっていたのです。
彼に一番に愛されることを、彼女はもう望んではいませんでした。


プシュケーは満足でした。
彼の笑顔を見るために、プシュケーは明日も舞台に立つのです。